子どもを生んでこれまで約7年間を振り返って思うことは、

「専業主婦って、自分の存在そのものに価値を見出す試練なのかもしれない。」
ということです。


外で仕事をしていれば、

・誰かから評価される。
・仲間から認められる。
・給料をもらえる。

それなりに自分を認めて生きていくことができました。


それが専業主婦になると一転、

・誰からも評価されない。
・育児や家事を誰かに認められるということは少ない。
・給料がない。

そんな状況に陥ります。
(育児休暇が長く、身分こそ教師でしたが、やっていることは専業主婦と全く同じでした)

だからこそ、自分の存在そのものに目を向けることになります。





自分の未熟な面と向き合う

数年前の私は

・誰かに認めてほしい。

・何かあると状況や環境、人のせいにする。

・他人が気になる。

・子どもに怒鳴る。

・夫への文句が多い。

そんな感じでした。

子どもを生む前もそのようなところはあったのですが、仕事で忙しくしていればそれで紛れることも多く、
今のように本気で変わりたい!と思うことはありませんでした。


それが家庭に入ると

家という狭い空間
毎日が家事と育児の繰り返し
人と交わることが少ない

嫌でも目を向けることになります。



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2歳の次男、実験中。
これも大切な経験とは分かっていますが…
小さな子がいる暮らしって、こんなことの繰り返しですよね。
この後、机と床がベチャベチャになりました(-_-;)






好きな自分に変わって、自分で自分を認めていく。

自分の未熟さをまざまざと知り、本気で変わりたいと思った私。


私にとって自己啓発は、自分のことを好きになるための努力のようなものです。

・人に評価されなくても誇りを持って生きていく。

・覚悟を決めて、自分にできることを精一杯する。

・他人に流されず、自分の考えをしっかり持つ。

・家族になるべく穏やかに接する。

そんなふうに変わりたいと思うようになりました。


ありのままを認めるという言葉がありますが、
何でもかんでも人のせいにして、そのままの自分を好きになれるかというとそうではありません。

未熟な自分を受け入れつつ、それを改善していく。


仕事という、周りから評価されることがないからこそ、
好きな自分に変わって、自分で自分を認めていくしかないと思いました。



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じゃがいもを切ることに楽しみを見出した日。
やめてといっても聞きません(-_-;)
本当に毎日が修行です…。
この後じゃがいもを洗って、夜にフライドポテトにして食べました☆






全て自分が見ている。自分に恥じない生き方を。

私がいつも思っていること。

それは、全ての行いは自分が見ているということ。


言い訳する
人のせいにする
見て見ぬふりをする…

例えその場はやり過ごしたとしても、自分だけは本当のことを知っています。
自分を偽ることはできません。


反対に、
覚悟を決める
過ちを認める
面倒と思っても行動する

そんな行いだって、
誰が見ていなくても、自分はちゃんと見ているのです。 


自分に恥じない生き方。
そんな生き方をしていきたいです。





おわりに。

以前の私にとって、家庭に入り家事と育児を繰り返すだけの毎日は、とてもつまらないものでした。

外で仕事をしていない自分に価値を見出すことができませんでした。
考えてみると、小中高大→就職と、これまで常に周りに人がいました。専業主婦になるとそんな状況から一変します。


でも、そのおかげで、未熟な自分と向き合い、
仕事や肩書に頼らない、一人の人間として誇りをもった生き方をしようという思いが生まれました。


まだまだその途中ですが、自分のための努力は嫌なものではありません

また、その度に周りへの見方が変わっていくのは、大きな喜びです。
『7つの習慣』に出てくる「見方=あり方」という言葉。
見方が変わればあり方が変わる。あり方が変われば見方が変わる。
今は本当にそれを実感しています。


あんなにもがき苦しんだ5年間でしたが、経験できて本当によかった!

今は心からそう思います。
タイトルには‟試練”と書きましたが、”よい機会”なのかもしれません^^





こちらもどうぞ:
 ↑「あり方が変われば、見方が変わる」ということに関する私の体験談。





お読みいただきありがとうございました。

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